玉面狐
万聖狐王の娘として莫大な財産を持ち、牛魔王を金で買い取って夫に迎えた、贅沢を愛する富家の娘のような妖怪である。
彼女は全編を通して、唯一、金で夫を「買った」妖怪である。
第六十回、孫悟空が牛魔王の姿に化けて鉄扇公主から芭蕉扇を騙し取ろうとした際、鉄扇公主は酒の勢いで本心を漏らした。「私はあなたのために翠雲山で苦しく待ち続けたのに、あなたは積雷山で、あの玉面狐と日々楽しく睦み合っていたのね」――。こうして、夫に冷遇された正妻の口から、その名は語られた。正式に登場する前から、すでに「他人の夫を誘惑する狐の精」という悪名を背負わされたわけだ。だが、原典に記された事実は、それよりもずっと複雑である。呉承恩は明確に書き記している。玉面狐が牛魔王を誘惑したのではなく、彼女が「家財を添えて、自ら牛魔王の妾になることを願った」のだと。彼女は自らの金を使い、この男を家に招き入れた。それは『西遊記』の妖怪たちの系譜において、徹頭徹尾「金による結婚」であった。権力はないが富を持つ女妖が、大金を払って権力はあるが金のない後ろ盾を買ったのである。
狐王の娘の莫大な家財:妖界における富の婚姻
玉面狐の父親は「万歳狐王」である。「万歳」という二文字は明代の文脈では皇帝専用の称号であり、狐の精がこの称号を名乗るということは、生前の妖界における地位が相当なものであったことを示している。しかし、呉承恩がこの狐王について与えた情報はわずか二つ。第一に、彼はすでに死んでいること。第二に、莫大な遺産を残したこと。玉面狐はその遺産の唯一の継承者であり、「百万の家財」を有していた。
父親を失った富家の娘が、妖界において何を意味するか。それは「格好の餌食」であることを意味する。武力による保護のない富は、弱肉強食の妖怪の世界では、他人に差し出すのと変わりはない。玉面狐には後ろ盾が必要であり、牛魔王はまさに最適の候補だった。牛魔王は「平天大聖」と号し、七大聖の筆頭であり、その武力は『西遊記』に登場する妖怪の中でも最上位に位置する。彼は優れた能力を持ち、辟水金睛獣という騎乗獣を従えていた。だが、彼には一つの問題があった。正妻の鉄扇公主は芭蕉扇を握っていたが、それは彼女自身の法宝であり、牛魔王のものではなかった。さらに紅孩児が観音菩薩に連れ去られた後、翠雲山の空気は間違いなく最悪だったはずだ。息子を失ったばかりの母親と、息子を取り戻す力のない父親。そんな家庭環境において、牛魔王が家を飛び出すのはほぼ必然だったと言える。
玉面狐の「家財を添えた」アプローチは、まさにこのタイミングで切り込まれた。彼女が提供したのは美貌ではない――もちろん、彼女は極めて美しく、作中では「花のように可憐で、蕊宮の仙子や月殿の嫦娥であっても、彼女ほどの華やかさはないだろう」と記されているが――彼女が提供したのは「新しい家」だった。百万の家財、積雷山の摩雲洞、そして女童の侍従たち。それは完成された生活体系そのものだった。牛魔王はただやって来るだけで住める。自分で縄張りを広げ、資源を奪い、小妖を募る必要はない。
この婚姻の本質は、一つの取引である。玉面狐が金と家と土地を出し、牛魔王が肩書きと武力と名声を出す。妖界のジャングル法則の下では、これは極めて理性的で生存戦略に基づいた選択だった。興味深いのは、呉承恩がこの「金による結婚」に対して、それほど道徳的な審判を下していないことだ。玉面狐を狡猾で陰険に描いたわけでもなければ、可哀想な被害者として形作ったわけでもない。彼女はただ、富を持つ女として、賢明な選択をしたに過ぎない。
積雷山摩雲洞:牛魔王の第二の家
摩雲洞は玉面狐の財産であり、牛魔王にとっての第二の家となった。原典におけるこの洞府の描写は少ないが、第六十回の展開から推測すれば、その規模は小さくない。門構えがあり、女童が仕え、宴会を開く広間があり、牛魔王には独立した居室が与えられていた。
牛魔王の摩雲洞でのあり方は、翠雲山でのそれとは完全に異なっていた。翠雲山では、彼は鉄扇公主の夫であり、紅孩児の父親として、家庭の責任と子を失った痛みを背負っていた。だが摩雲洞では、ただ心地よく世話をされる一人の男に過ぎなかった。玉面狐は鉄扇公主のように主体的で、気性が激しく、確固たる能力を持っているわけではない。彼女には法宝も武功もなく、原典においてさえ、一度も強い口調で物事を語っていない。彼女が牛魔王に与えられたのは、金と優しさと、争いのない家庭だけだった。
第六十回に、注目すべき細部がある。孫悟空が摩雲洞を訪れた際、玉面狐が応戦に出るが、彼女自身が戦うのではなく、牛魔王を呼び出す。彼女は悟空を「泼猴(猿のぼんくら)」と呼び、数言罵った後、洞の中へ戻った。その後、牛魔王が現れ、悟空と大戦を繰り広げる。この過程で、玉面狐の役割は単なる「伝言係」に過ぎない。彼女は情報を牛魔王に伝え、そして舞台裏へと退く。
この細部は、摩雲洞内部の権力構造を露呈させている。ここは玉面狐の不動産だが、主導権を握っているのは牛魔王である。彼女が金で買ったのは対等なパートナーではなく、自分の家に住まわせる「旦那様」だった。牛魔王の積雷山での立場は、経済的な関係で見れば確かに「婿」のようなものだが、実際には一方の主として君臨していた。彼の名声、武力、そして七大聖としての江湖における地位が、この関係において金を出した側をかえって弱者にさせた。
面白いのは、夫に別の家があることを知りながら、鉄扇公主の反応が玉面狐を殴りに行くことではなく、「翠雲山で苦しく待ち続ける」ことだった点だ。このような反応は、『西遊記』の女性キャラクターの中でも唯一無二である。彼女は裏切られた他の女性たちのように泣き叫んだり復讐したりせず、静かに耐えることを選んだ。二人の女がそれぞれ一つの山を守り、一方は法宝はあるが夫がおらず、もう一方は夫はあるが法宝がない。そんな奇妙な均衡が保たれていたが、取経一行の到来がすべてを打ち砕いた。
八戒の一撃で打たれ死ぬ:全編で最も投げやりな女妖の結末
第六十一回、天兵天将が積雷山を包囲し、猪八戒が混乱に乗じて摩雲洞に飛び込む。玉面狐が洞から逃げ出したところを、八戒が釘鍬で一撃した――「可哀想に、あの玉面公主は、真身を現すと、もともとは一匹の白面の狐であった」。こうして、一撃で死に、正体を現し、物語は終わる。
全百回の物語の中で、数十の妖怪の滅びが描かれている。壮烈に死ぬ者もいれば――蠍の精は、昴日星官の叫び声で震え死ぬ直前まで、如来に一撃を食らわせた――、悲情に死ぬ者もいる。白骨精は、白骨の背骨に「白骨夫人」の四文字が刻まれていた。あるいは、全く死なない者もいる。菩薩に連れ去られたり、天庭に招安されたりと、何らかの落とし所がある。だが、玉面狐には何もなかった。遺言もなく、抵抗もなく、屈服して救われる展開もなく、彼女の死を惜しむ者は誰一人としていなかった。八戒が彼女を打ち殺す場面は、原典において一回の精進料理の描写よりも短い。
この「投げやりさ」こそが、呉承恩の態度そのものである。火焔山の物語という大きな弧の中で、鉄扇公主には尊厳があった。彼女は敗れたが、芭蕉扇を差し出した後、「正果を成し」、相応の結末を得た。牛魔王もまた、天兵天将に制圧されたが、哪吒、李天王、四大金剛までが動員された、いわば大々的な決戦であった。しかし、玉面狐は――彼女には正式な結末を持つ資格さえなかった。彼女は取経路における「正真正銘の」障害ではなく、仏法や天兵を用いて解決すべき問題でもなかった。彼女はただの付随的なキャラクターであり、ついでに掃除されただけだった。
八戒が彼女を打ち殺す展開には、もう一つの意味がある。八戒が色好ものであることは、全編を通して周知の事実だ。そして玉面狐は、作中で極めて美しいと描写された数少ない女妖の一人である。色好みの八戒にこの美貌の女妖を殺させ、何の迷いもなく一撃で片付けさせた。これは、火焔山大戦の緊張感の中で、八戒でさえ彼女を二度見する余裕などなかったことを示している。玉面狐の存在感は、色好みの猪の妖怪が、彼女の前で何の情欲も抱かないほどに低かった。
別の視点から見れば、玉面狐の死は「武力なき者が乱世に陥る必然的な結末」でもある。彼女が金で買った保護――牛魔王――は、この時すでに自分を保つのが精一杯で、天兵に囲まれ、彼女を顧みる余裕などなかった。後ろ盾を失った瞬間、彼女が持つ百万の家財は紙屑同然となった。女童の方が彼女より速く逃げれば生き延びられたかもしれないが、彼女はあろうことか牛魔王の妾であり、この戦争における標的としてマークされていた。金によって牛魔王を手に入れ、牛魔王との関係によって取経路の「付随的な敵」となり、そして自身の戦闘力はゼロであった。この三つの要因が重なり、彼女は「ついでに殺される役」になる運命づけられていた。
呉承恩が女妖の結末を書けないわけではない。蠍の精が死ぬときには「本相を現すと、琵琶ほどの大きさの蠍の精であった」という視覚的な衝撃があり、白骨精が死ぬときには白骨の刻字という余韻があった。だが、玉面狐に与えられたのは「もともとは一匹の白面の狐であった」というわずか七文字だけだ。この七文字が、彼女のすべてを物語る後日談となった。これは呉承恩の筆力が足りなかったのではなく、彼が「丁寧に書く必要はない」と考えたからだ。『西遊記』の価値体系において、武力もなく、法宝もなく、天界の背景もなく、ただ金と美貌だけを持つ妖怪の価値は、この七文字分しかなかったのである。
関連人物
枕辺の人
- 牛魔王:玉面狐が持参金を用意して招いた婿であり、七大聖の首領。長年、摩雲洞に住んでいたが、最終的に天兵天将に制伏され仏門に帰依することになる。彼は生き残り、彼女は死んだ。
情敵
- 鉄扇公主:牛魔王の正妻。翠雲山で耐え忍び、芭蕉扇を手にしていた。最終的に法宝を差し出したことで正果を成す。二人の女が一人の男を共有したが、結末は一方が生き、一方が死ぬという対照的なものになった。
命を奪った者
- 猪八戒:混乱に乗じて摩雲洞に突入し、一撃の釘鍬で玉面狐を打ち殺した。彼女の人生を終わらせた執行者であり、作中でこのキャラクターに対して最も「無頓着」に接した人物でもある。
- 孫悟空:火焔山における衝突全体を引き起こした鍵となる人物。かつて牛魔王のもとを訪ねて芭蕉扇を借りようとしたことが、間接的に摩雲洞の破滅を招いた。
間接的な関係
- 紅孩児:牛魔王と鉄扇公主の息子。彼が観音に連れ去られた後、牛魔王は摩雲洞へと去った。紅孩児が連れ去られたという出来事がなければ、牛魔王が積雷山へ行くことはなかったかもしれない。
登場回
Tribulations
- 59
- 60
- 61