第71回 行者、仮の姿で怪犼を降す——観音、姿を現して妖王を伏す
悟空が策略を巡らせて賽太歳から宝鈴を奪い取り、観音菩薩の導きによって金毛犼の正体を暴き、金聖宮を救い出す物語。
赛太岁は黄昏まで洞内を徹底的に捜索したが悟空の姿は見つからなかった。剥皮亭で全妖兵に夜番と警戒を命じ、弓に弦を張り刀を鞘から出して支更(夜の見回り)に就かせた。
悟空は蠅のまま後宮の金圣娘娘のそばへ飛んだ。娘娘は御机に伏して泣いていた。声を聞くと「主公よ、前世に縁が切れて今世に苦しみ、三年の別れがいつ終わるやら……」と詩のように嘆いていた。
悟空は耳元にそっと近づき「娘娘、恐れないでください。まだ死んでいません。金鈴を開いてしまって失敗しましたが、今は蠅になって隠れています。もう一度酒宴を催して妖王を引き寄せてください。私が侍女に化けて側に控えて盗み取ります」と囁いた。娘娘は震えながら「人ですか幽霊ですか」と問うと悟空が「手を広げてください」と言い、その手のひらに飛び降りた——白い手のひらに黒い小さな点がのった。「信じてください」と嘤嘤と鳴いた。娘娘はようやく信じた。
悟空は侍女の春娇という玉面の狐の精の頭に飛び上がり、毫毛を一本抜いて眠り虫に変えて顔に乗せた。眠り虫が鼻孔に潜り込むと春娇は眠くなってうつらうつらし始め、やがて眠り場所へ行って倒れてしまった。悟空は飛び降りて春娇の姿に変化し、侍女の列に並んだ。
娘娘が「灯火と炉香を整えて、大王を安置にお迎えに」と命じると、春娇に化けた悟空も他の侍女たちと行列を作って剥皮亭へ向かった。「大王、深夜のお疲れに、安置されますよう」と娘娘が招くと、妖王は「孫悟空が逃げた。今日は出丑(醜態)を演じた」と嘆きながらも娘娘の申し出を断れず、共に後宮へ入った。
娘娘が「酒を持ってきなさい」と命じると、偽の春娇が果物と酒を並べた。杯が重なり、歌舞が響く中、悟空は酒の合間に毫毛を数本噛んで粉々にし、「変れ」と唱えて妖王の体に投じた——虱・蚤・臭虫の三種に変化して衣の中に入り込み、皮膚をところかまわず噛み始めた。
妖王は燥痒に堪えられず衣の中に手を差し込んで掻いた。燈の前で虱をつまんで見ると娘娘が「大王、衣服が長らく洗えていないからでは。脱いで私が取り除いてあげましょう」と言った。妖王は恥ずかしがりながら帯を解いて衣を脱ぎ始めた。
偽の春娇が目を皿のようにして見守ると、三層脱いだところで肌に近い場所に三個の金鈴が腰帯に結ばれているのが見えた。「大王、鈴も取って、虱を取り除いてあげましょう」と言うと、妖王は羞恥心と当惑で半ば正気を失いながら三個の鈴を外して渡した。
悟空は鈴を受け取り、しばらく弄ぶふりをして目を離した隙に本物の鈴を腰に収め、毫毛三本を瓜二つの偽の鈴に変化させた。そして虱・蚤・臭虫を毫毛に戻して、偽の鈴を燈前で点検する素振りをして妖王に返した。妖王は酔いも手伝ってそれを疑わずに受け取り「今度はちゃんとしまっておいてくれ」と娘娘に手渡した。娘娘が鍵付きの箱に入れると、妖王は「今夜は別の宮に休もう」と言って退出した。
悟空は本物の鈴を腰に帯びたまま外へ出て扉の鍵を「解錠の法」で開け、洞の前で「赛太岁、金圣宮の娘娘を返せ」と高らかに叫んだ。三度四度繰り返したが小妖たちは「大王が寝たばかり」と報告に行けなかった。夜明けまで叫び続け、ついに門を棒で叩き始めると小妖たちが総動員で大騒ぎになった。妖王が目を覚まして「誰が叫んでいる」と問い、「外公と名乗っている」と聞いた。「外」という名の者が百家姓にいるかどうか娘娘に問うと「千字文に『外受傅訓』とある、きっとその姓だろう」と答えた。妖王は「なるほど」と嬉しそうに宣花の斧を持って門外へ出た。
悟空が「甥よ、外公がここにいるぞ」と言うと妖王は怒って「猿の面したやつが」と挑みかかった。悟空が大声で自らの経歴——花果山に生まれ天宮を大荒らしし、五行山で五百年過ごして今は取経中の孫悟空行者なりと高らかに詠い上げると、妖王は「そうか、お前が悟空か。なぜ朱紫国の奴隷として来る」と怒鳴った。悟空が「あの国王は私を父のように敬う。奴隷など聞いて捨てておけ、棒を受けろ」と一閃すると両者の激戦が始まり、五十余合で決着がつかなかった。
妖王が「少し待て、飯を食ってから」と言い訳して洞内に引き返した。悟空には目的がわかっていた——果たして妖王は娘娘に「本物の鈴を出せ、あの猴を焼き殺す」と催促した。娘娘は心中でどうしようかと迷いながらも仕方なく金の鍵で箱を開け、三個の(偽の)鈴を渡した。妖王が洞を出て鈴を振るうと——何も出ない。火も煙も砂も出ない。「不思議だ、雌鈴が雄に遠慮して出ないのか」と困惑した。
悟空が「私にも鈴がある。比べてみようか」と本物の三個を取り出してみせると妖王が「そっくりだ、どこで手に入れた」と問うた。二人が言い合いしている間に悟空が三個を一度に振ると——紅い火・青い煙・黄色い砂が轟轟と吹き出し、「風来い」と呪えば風が火勢を煽って空を赤く染めた。赛太岁は魂を失って逃げ場もなかった。
その時、半空から「悟空、私が来た」と声がした。見上げると観音菩薩が浄瓶を左手に、楊柳を右手に持って甘露を注いでいた。悟空はすぐに鈴を隠して合掌礼拝した。菩薩が柳枝で甘露を数点注ぐと烟火はたちまち消えた。
悟空が「菩薩、この妖怪は何者ですか」と問うと「これは私が跨っている金毛犼です。牧童が眠っている隙に鎖を噛み切って逃げ出して来たのです。しかし実はこの朱紫国王の業障を消すために来たのです」と答えた。悟空が「それはどういうことですか、妖怪が業障を消すとは」と問うと菩薩が説明した。
「この国王が太子の頃、鷹狩りを好んで落凤坡(鳳が落ちる坂)で弓を引いて、孔雀大明王菩薩の二羽の雛の雄を傷つけ、雌も矢を受けて飛び去りました。仏母の業報で『鳳を分かちて三年、身に病を負う』という罰が下っていました。私はその場に居合わせ、この犼もそれを聞いていました。そして勝手にこの地へ来て皇后を奪い、三年の業報を消す形を作ったのです。今ちょうど三年で業が満ちました」
悟空が「それでも皇后を奪ったのは罰に値する。二十棒打ってから連れ帰っていいですか」と頼んだが菩薩は「私の顔に免じてすべて許してやりなさい。それも汝の功徳となる」と言い「孽畜、元に戻れ」と一喝すると、怪物がころりと転がって毛並みの美しい金毛犼の姿になった。菩薩がその背に跨り「悟空、鈴を返しなさい」と言うと、悟空はしらを切ったが「緊箍咒を唱えますよ」と言われて慌てて「持っています」と渡した。
菩薩は鈴を犼の首に掛けて南海へ帰った。
悟空は獬豸洞に戻って残った妖怪どもをすべて打ち殺した。金圣宮の娘娘のもとへ行き、菩薩が来て犼を連れ去ったこと、拆鳳三年の業報の由来を一通り説明した。柔らかい草で草龍を作って「跨って目を閉じていてください」と言い、神通を使って半刻足らずで朱紫国の宮殿に戻った。
国王が竜床から飛び降りて娘娘の手を取ろうとした瞬間、「痛い」と叫んで転倒した。八戒が笑うと悟空が「娘娘の体に毒棘がある。あの妖怪は三年触れることができなかったのはこのためだ」と説明した。その時、空から声がした。
降り立ったのは張紫阳真人だった。「三年前、私が仏会からここを通りかかった際に、妖魔が皇后を汚すことを防ぐため、五彩の仙衣を作って妖王に送り、皇后に着せました。そのため全身に毒棘が生えたのです」と説明し、娘娘の衣を一指で脱がすとたちまち元の滑らかな体に戻った。真人は一礼して空へ去った。
国王・皇后・百官が望空礼拝し、盛大な宴席が開かれた。悟空が袖の戦書を国王に渡し、化けて潜入した顛末を話すと、一国の君臣がみな感嘆した。関文を改印し、国王・皇后が自ら車を推して師弟を送り出した。
縁あって忧疑の病を洗い尽くし、念を絶ち思いなく、心自ずから寧らかなり。