第70回 妖魔の宝、烟沙火を放つ——悟空、計略して紫金鈴を盗む
悟空が麒麟山で赛太岁の三宝を目撃し、小妖に化けて潜入するが、紫金鈴を盗もうとして正体を露呈させる物語。
悟空は筋斗雲で飛んで麒麟山に降り立った。高く天を衝く峰、松柏の緑深い涧——まことに妖仙の隠れ家らしい場所だった。しかし洞の口を探そうとした途端、山の凹みから烘烘と火の光が噴き出した。
赤い炎が空を覆い、その中から五色の悪煙が立ち上がった。「灶の煙でも草木の煙でもない——青・紅・白・黒・黄の五色の煙だ」と悟空が観察するうちに、さらに一道の黄沙が噴き出して天を蔽い地を塞いだ。油断しているうちに砂の粒子が鼻に入ってくしゃみを二つした。悟空は川の石を二個拾って鼻孔に詰め、鷹に変化して火煙の中を飛んで抜けた。
山の向こうの道を探すと銅鑼の音が聞こえた。見ると小妖が黄旗を担ぎ文書入りの袋を背負ってヒョコヒョコ歩いている。悟空が虫に変化して文書袋の上に止まって聞いていると、小妖は「大王が三年前に金圣宮を奪ったのに、あの方が仙衣に針が仕込まれていて触れることができない。今日先锋が孫行者に負けて戻ってきた。大王が怒って朱紫国に戦書を届けに行けと言うが、天理に反していることだ」と独り言を言いながら歩いていた。
悟空は「なるほど金圣宮は仙衣のおかげで守られているのか」と合点がいった。虫から抜け出して十数里先でたおやかな道童に変化し、鱼鼓を叩きながら前から歩いて小妖と出くわした。「どこへ行く、何を届ける」と問うと小妖が戦書の件を話した後「大王の機嫌が悪い。あんたが道情を歌って慰めてやってくれ」と言って通り過ぎようとした。
悟空はその後ろから棒を抜いて一撃——小妖の頭が割れて命が絶えた。「少し急ぎすぎた、名前を聞き忘れた」と悟空がつぶやいていると、腰の牌に「心腹小校一名、有来有去。五短身材。常時帯同。無牌則假」と書いてあった。「有来有去か。今回は有去無来だな」と笑い、戦書・黄旗・銅鑼・牙牌を取り、有来有去に変化して獬豸洞へ向かった。
洞口では虎将・熊師・豹頭・彪帥・苍狼など五百名の妖兵が整列していた。変化した悟空が堂々と「戻りました」と入って行くと、猩猩の精が「有来有去か、大王が剥皮亭で待っている」と告げた。
剥皮亭の交椅には赛太岁が座っていた。九尺の体、口の両側に牙、鬓には焦げた毛が赤煙を噴き、鉄杵を手にした凶悍な妖王だった。悟空は礼もせずに銅鑼を叩き続けた。「来たか」と声をかけられても答えない。妖王が「何故答えない」と詰問すると、悟空は鑼を地面に叩きつけて「行かせないで行かせるからこうなる。敵軍が大勢いて捕まって戦書を取り上げられ、三十回叩かれて返された。痛くて口がきけなかっただけだ」と芝居をした。
「あちらの兵力は」と問われると「怖くて数えられなかったが弓箭刀槍が満ちていた」と答えた。妖王が「そんな兵器、一つの烟と火で片付く。金圣娘娘に戦のことを伝えて安心させてやれ」と言った。
悟空は内心「これは好都合だ」と思い、角を曲がって後宮へ通じる廊下を進んだ。彩の門の奥で金圣宮の娘娘が頬杖をついて涙を流していた。向かい側で狐の精・鹿の精が美女の姿をして侍立していた。
悟空が「ご無沙汰です」と礼をすると娘娘は「なんという無礼な。あなたは誰か」と問うた。侍女が「有来有去という大王の使いです」と伝えた。「朱紫国王のことは聞いたか」と娘娘が問うと、悟空は「左右を下がらせてください」と言い、宮門を閉めて顔を撫でて本来の姿を現した。
「恐れないでください。私は東土大唐の取経僧・孫悟空と申します。朱紫国に通りかかり国王の病を治したところ、あなたが奪われた経緯を聞きました。救出に参りました」と言い、袖から黄金の宝串を出した。娘娘は一目見て涙をこぼして「これは私の形見の宝串です」と言い、地に跪いて「長老、救い出してくださればこの恩は忘れません」と感謝した。
「あの烟・火・砂を出す宝とはどんなものか」と悟空が問うと、娘娘が「三個の金鈴です。一個目で三百丈の火、二個目で三百丈の煙、三個目で三百丈の黄砂が出ます。煙と火は何とかなっても、黄砂が鼻に入ると命が絶えます」と答えた。「その鈴はどこにある」と聞くと「あの方が常時腰に帯びて、寝ても起きても離しません」という。
悟空が「鈴を手に入れるよう策を練りましょう。あなたが今日から笑顔を作ってあの妖王を引き寄せ、鈴を預かると言ってみてください。そうすれば私が盗み出せます」と囁いた。娘娘はうなずいた。
悟空はまた有来有去に変化して剥皮亭へ「娘娘がお呼びです」と伝えた。妖王が「いつもは罵るだけなのに」と訝しみながらも嬉しそうに後宮へ向かった。娘娘は笑顔で迎え「大王、三年も一緒にいながら、大事な宝を見せてもくれないのは、私を大切に思っていない証拠では。あの三個の鈴鐺も、私が預かってあげましょう」と甘えた。
妖王は大笑いしながら「まったく仰る通り。ではお預けしよう」と言い、二三枚の衣服をたくし上げて肌身帯びていた三個の鈴を外した。綿花を口に詰めて豹の皮で包み「これは摇すと大変なことになる。大切に」と娘娘に手渡した。
侍女に酒を命じ、妖王と娘娘が向き合って杯を傾ける間、悟空は傍らでそっと妝台に近づき、三個の金鈴を静かに取り上げてゆっくりと宮門を抜け出した。洞府を出たところで豹皮を広げて中を確かめようとした。
「これが宝か」と思い、鈴の口に詰めた綿花を抜いた瞬間——「チン」と音がして烘烘と煙・火・黄砂が噴き出し、亭の中に火が燃え広がった。
見張りの妖怪たちが「火だ」と叫んで後宮へ飛び込み、妖王が驚いて出てくると「有来有去が金鈴を盗んだ」とわかった。「捕まえろ」と号令がかかり、虎将・熊師・豹頭・苍狼・猩猩たちが一斉に押し寄せた。
悟空は慌てて金鈴を投げ捨てて本来の姿を現し、金箍棒を振るって応戦したが多勢に無勢、棒を収めて「痴蠅(ぼんやりした蠅)」に変化して石壁に張り付いた。妖怪たちが「逃げた、逃げた」と叫んで探し回ったが見つからない。前門は鍵がかかったまま誰も出ていない。妖王が「仔細に捜せ」と命じたが、どこにもいない。
妖王が「何者だ。有来有去に化けて入り込み、私を騙して娘娘に接触し、鈴を盗もうとした。途中で失敗したからまだ洞内にいる」と怒りをあらわにした。熊師が「大王、それはきっと孫悟空です。途中で有来有去を殺して化けたのでしょう」と言うと、妖王も「その通りだ。門を厳重に守れ。一匹たりとも逃がすな」と命じた。
巧を弄して転じて拙となり、戯れが真となりにけり。