第六十八回 朱紫国にて唐三蔵、前世を論ず——孫行者、施為して三折肱
朱紫国に辿り着いた一行は、病に伏した国王を救うため、悟空が機転を利かせて医師として名乗りを上げる。
七絶山の稀柿同を越えた師弟一行はさっぱりとした大路に出た。炎天の夏が来て、街道の楊柳が青く茂り、蓮の葉が池に広がっていた。
進んでいくと前方に城池が現れた。悟空が「あの城頭の杏黄の旗に三文字書いてある」と言い、近づいてみると「朱紫国」だった。三蔵が「西邦の王都だ。関文に印をもらわなければ」と言い、一行は城門をくぐった。
城内は賑やかで人々の衣冠も整っており、大唐に劣らぬ帝都だった。しかし市街を歩くと、八戒の醜い顔と沙悟浄の黒い長身を見た商人たちが商売を放り出して見物に来た。三蔵が「騒ぎを起こすな、頭を下げて歩け」と言い、八戒は嘴を下げ、沙悟浄は目を伏せた。悟空だけは東西をキョロキョロしながら師匠の傍を歩いた。
一行は「会同館」という官製の旅宿に入り、馬と行李を落ち着かせた。三蔵が袈裟と関文を持って急ぎ朝廷へ向かうと、国王が丁度この日、黄道吉日として殿上に出て「招医の皇榜」を出す準備をしているところだった。
三蔵が謁見すると、国王は久病で顔色が悪く痩せていたが礼をもって迎えた。「大唐は幾代の君臣が続きましたか」と問われ、三蔵は三皇五帝から太宗皇帝の代まで中国の歴史を詳しく語り、泾河龍王を夢で斬った魏徵の話、太宗が冥府から生還した話、そのために経を取りに来た経緯を説明した。国王は「天朝の大国は君も臣も賢い。わが国は私が久病で、誰も救えないでいる」と嘆いた。三蔵は国王の顔色が悪いことを見て心配したが、食事の招待を受けて奥殿へ進んだ。
一方、会同館では悟空が沙悟浄に「茶飯を用意しておいてくれ」と言い、八戒と二人で調味料を買いに出かけた。鼓楼の前まで来ると大勢の人が集まって騒いでいる。八戒が「人が多くて怖い、俺は待っている」と壁際に立つと、悟空が人混みをかき分けて見に行った。
鼓楼の下に皇榜が貼り出されていた——「朱紫国王は久病で、天下の名医を招き、病が治れば国を半分与える」という内容だった。悟空は「行動するには三分の運がいる。医者になって試してみよう」と決め、隠身の法で近づいて皇榜を剥がした。そして巽の方角から仙気を吹いて旋風を起こし、人々の目を眩ませた隙に、榜文を折りたたんで壁際で眠りかけていた八戒の懐に押し込み、会同館へ先に帰った。
旋風が過ぎると皇榜がなくなっていた。見張りの太監・校尉が血眼で探すと、猪八戒の懐から紙の端がのぞいていた。「あなたが榜を揭したのか」と取り囲まれると、八戒が「俺の兄者の孫悟空が揭したんだ、俺じゃない」と言い張ったが信じてもらえず、一行は会同館へ連行された。
会同館では悟空と沙悟浄が笑いながら揭榜の話をしていた。八戒が「お前が榜を揭して俺の懐に押し込んで先に逃げるとは、兄弟か」と怒鳴ると、悟空は「知らない、俺は調和を買って帰ったら君がいなくなっていたから先に戻っただけだ」と白を切った。
太監・校尉が礼を述べて「孫長老、王の病をお診ください。社稷を半分お分けします」と懇願すると、悟空は真顔で「国王自らお越しください。薬は軽く売らず、病は医を請わずに来るものだ」と言った。太監が戻って報告すると、国王は三蔵に「あなたの弟子がいましたか」と問い、三蔵は「山野の荒くれ者で医術は知りません」と答えたが、国王は「自ら榜を揭したのだから必ず医術があるはずだ」と文武百官を会同館へ派遣した。
百官が会同館に整列して礼を行うと、悟空は端然と動かずに受け続けた。八戒が「この猿は折殺してしまう気か」とこっそり悪口を言いながらも、大勢の拝礼を見て恥ずかしくなった。百官が「孫長老、朝廷へお越しを」と請うと、悟空はようやく立ち上がって「では参ろう」と言い、「八戒と沙悟浄は薬が届いたら受け取っておけ」と命じた。
悟空が殿上へ入ると、国王が竜床から「どちらが孫長老か」と声をかけた。悟空が「老孫がそれだ」と一声上げると、その声の凄まじさと容貌の奇怪さに国王が竜床から転げ落ちそうになって「怖い、生人の顔は見られない」と奥宮へ逃げ込んだ。
百官が「大変失礼を」と悟空を責めると、悟空は笑って「この患者は治るまい。私への礼を欠く者の病は千年経っても治らない。病んだ君主は病んだ亡霊になり、再び転生しても病人になる」と言った。
「では医術の理を言ってみろ」と太医院の官が問うと、悟空は「望・聞・問・切の四診がある。気色を望み、声音を聞き、病因を問い、脈を切る。この四つなしに病は治せぬ」と朗々と説いた。太医院の官も「なるほど、神仙の診察もこの原則に従う」と認めた。
近侍が「王は生人の顔を見たくないとおっしゃいます」と伝えると、悟空が「では私は『懸糸診脈』ができる」と答えた。百官が「懸糸診脈とは聞いたことがある」と驚いて再び奏上すると、国王が「では宣せよ」と許した。
悟空は宝殿に上がると三蔵が「この猿め、医術も知らんくせに」と叱った。悟空は「おいおい、草の処方箋がいくつかある。たとえ間違えても庸医の罪で死にはしない」と笑い、尾の毛を三本抜いて「変われ」と唱えると、二尺四寸の金の糸(二十四節気に合わせた長さ)三本に変化した。
心に秘方あって能く国を治め、内に妙訣を蔵して長生を注す。