第49回 三蔵、災いあって水宅に沈む——観音、難を救って魚篭に現ず
悟空が八戒の背に乗って水中に入り石匣に閉じ込められた三蔵を確認する。八戒・沙悟浄が妖怪と戦うが水中では互角で決着がつかない。悟空が南海の観音菩薩を訪ねると、菩薩は竹篭を編んで通天河へ戻り、金魚の正体を持つ灵感大王を篭で捕らえる。老鼋が師弟四人を背に乗せて通天河八百里を渡る。
悟空が「水中では俺は戦えない。お前たち二人が先に入れ」と言うと、八戒が喜んで「俺が背負ってやる、ついでに一回ぐらい懲らしめてやろう」と企んで悟空を背負った。
沙悟浄が水道を割って三人で通天河へ潜った。百余里進んだところで八戒が故意にずっこけて悟空を前へ放り投げた。ところが悟空はあらかじめ毛を一本抜いて替え身を作り、本体は豚虱に変化して八戒の耳の中に潜んでいた。替え身の毛は放り投げられると霞のように消えた。
沙悟浄が「二兄よ、大兄をどこへ飛ばしたんだ」と言うと、八戒は「あの猿は軟弱で落ちたらそのまま消えたんだろう。俺たちだけで師匠を探そう」と言った。沙悟浄が「それは困る、あの人なしでは行けない」と言ったとき、悟空が八戒の耳の中から「悟浄、俺はここだ」と叫んだ。
八戒は驚いて膝まずき「兄さん、俺が悪かった、師匠を救ったら岸で謝ります、どうか出てきてください」と何度も言った。悟空は笑いを堪えながら「お前がまだ担いでいる。早く行け」と言い、三人はさらに進んだ。
百余里先に「水鼋之第」と書かれた楼台が現れた。悟空は長脚の蝦婆に変化して門の中へ飛び込んだ。妖怪が上座に座り、鳜婆が傍らに控えて唐僧を食う相談をしていた。悟空はこっそり奥の廊下へ行き、大腹の蝦婆に「唐僧はどこに」と聞くと「宮の後ろの石匣の中に閉じ込めてある」と教えてもらった。
宮の後ろへ行くと、棺桶のような大きな石の匣があった。伏せて耳をそばだてると、三蔵が中で啜り泣いていた。しばらくして三蔵が「また水難とは……弟子たちは来てくれるだろうか」と呟くのが聞こえた。
悟空は「師匠、老孫が来ました」と呼びかけた。三蔵が「助けてくれ」と言うと悟空は「妖精を捕まえれば必ず救い出します。もう少しの辛抱を」と言って出てきた。
三人の作戦は「八戒と沙悟浄が水底で戦い、妖怪を水面上に引き出す。悟空が岸で待ち構えて棒で打つ」というものだった。
八戒が「この石匣の中を漁ったお猿め、唐僧を返せ」と門の前で叫ぶと、妖怪が金の甲胃と兜を纏って九瓣銅鎚を手に出てきた。八戒と沙悟浄が左右から鉄鈀と降魔宝杖で挟み打ちにして二刻ほど戦ったが勝負がつかない。
佯けた敗走をして水面へ誘い出すと、悟空が「棒を受けろ」と一撃した。妖怪は避けて銅鎚で受け止めたが三合も持たず、また水中へ潜った。
再び門を打ち破ろうとすると、内側が泥と石で積み上げられていた。「出てこない」と沙悟浄が言うと、悟空は「では俺が観音菩薩のところへ行ってこよう。あの妖怪の出自を調べなければ」と南海へ飛んだ。
普陀山に着くと、諸天が「菩薩は今朝洞を出て一人で竹林の中へ入られました。大聖が来ると知って私どもに待機を命じられました」と言った。
悟空は待ちきれず竹林へ走り込んだ。菩薩は蓮台には座らず、袍も纏わず、素足で竹皮を削っていた。悟空が驚いて叫ぶと菩薩は「外で待て」と言ったが、事情を聞くとすぐに「一緒に行きましょう」と立ち上がった。
菩薩は紫の竹篩を手に祥雲に乗った。悟空が「菩薩、衣を着て蓮台にお乗りください」と言うと「必要ない」とそのままの姿で飛んだ。
通天河の岸に着くと、菩薩は袄の紐で篩を結んで半雲半霞の中に立ち、川の上流へ向かって篩を水面に投げ入れた。「死んだものよ去れ、生きているものよ留まれ」と七遍唱えて篩を引き上げると、篩の中で金色の魚が眼を瞬かせて鱗を動かしていた。
「悟空、水に入って師匠を救いなさい」と菩薩が言うと、悟空は「妖怪はこの中ですか」と驚いた。八戒と沙悟浄が「この魚がどんな手段を持っていたのですか」と聞くと、菩薩は言った。
「これは私の蓮花池で育てた金魚で、毎日浮かんで経を聴いて功力を積んだ。あの九瓣銅鎚は蓮の蕾が変化したもの。いつだったか海潮に乗ってここへ来て大王を名乗っていた。今朝私が欄干から花を見ていたらこの魚が挨拶に出てこない。指で占うとここで妖怪になって師匠を害しているとわかった。だから梳妆もせず急いで竹篩を編んで来た」
陈家庄の老幼男女が呼び出されて河岸に集まり、菩薩に向かって礼拝した。鱼篩観音——後世の人がこの絵姿を伝えたのはこのときのことだ。菩薩は南海へ帰られた。
八戒と沙悟浄が水底の水鼋之第へ入ると、水怪・魚精は悉く死んで腐っていた。石匣を開けて三蔵を背負って水面へ出た。
陳老兄弟が涙で「ご苦労でした」と出迎えた。三蔵は無事だった。
悟空が「舟を用意してほしい」と頼むと、庄の者たちが「材木を買おう」「帆と篙を用意しよう」「縄を出そう」「水夫を雇おう」と口々に言い合っていると、河の中から声がした。
「孫大聖、舟を造って人の財物を費やさないでください。私がお渡しします」
水中から大きな白い亀が浮かび上がった。頭は四丈を巡る大きさの老鼋だった。「大聖の恩を感謝しています。かねてより私がこの水鼋之第を住まいとしていたのですが、九年前あの妖精が海から来て私の子女を傷つけ住処を奪いました。大聖が菩薩を呼んで妖精を除いてくださり、住処が戻りました。その恩に報いたく」と老鼋は言った。
悟空が「本当に誠実な気持ちか」と問うと、老鼋は「もし偽りなら身を血水に化します」と天に誓いを立てた。
老鼋が岸に上がると師弟と白馬が全員背に乗った。悟空は虎筋の紐を老鼋の鼻孔に通して手綱とし、片足を甲羅に、片足を頭の上に置いて棒を手に持ち「老鼋、ゆっくり歩け。少しでもよろめいたら頭を一打ちだ」と命じた。
「かしこまりました」と老鼋は四つの足を蹬んで水面を歩き始めた。陸を歩くように安定した歩みだった。
陳家庄の老幼男女が岸で焚香して礼拝し続け、一行の姿が見えなくなるまで「南無阿弥陀仏」と念じた。
一日ほどで八百里の通天河を渡り切り、乾いたままで対岸に上がった。三蔵が「老鼋よ、感謝する。経を取って戻る際にお礼をしよう」と言うと、老鼋は「お礼は不要です。ただ、一つお願いがあります。西天の仏祖は過去未来をご存知だと聞きます。私はここで千三百余年修行していますが、なかなか本来の殻を脱せません。師父、仏祖に私がいつになれば人身を得られるか聞いてきてください」と頼んだ。
三蔵は「必ず聞きます」と約束した。老鼋は水中へ潜っていった。
悟空が師匠を馬に乗せ、八戒が行李を担ぎ、沙悟浄が左右に従い、師弟四人は大路を見つけて一直線に西へ向かった。
聖僧、旨を奉じて弥陀に拝す。水遠く山遥か、災難多し。意志心誠にして死を恐れず、白鼋、駄せて天河を過ぐ。