第4回 官は弼馬温に封ぜられ心足らず——斉天の名を注して意いまだ寧からず
孫悟空は天宮で弼馬温という低位の馬番官に任じられ、屈辱に怒って花果山に帰還。みずから斉天大聖と号し、天廷の軍勢を蹴散らす。
太白金星と美猴王は連れ立って天門をくぐり、霊霄宝殿へと向かった。悟空の筋斗雲は金星の足取りをはるかに引き離し、南天門に先着した。が、増長天王率いる天丁たちが槍剣を構えて行く手を塞いでいる。
「この老いぼし星め! わしを招いておきながら、なぜ人を差し向けて妨げる」と悟空が怒鳴ると、ちょうど金星が追いついた。「大王よ、名もなく天宮へ踏み込もうとすれば止められるのは道理。天尊に拝謁して仙籙に名を記せば、以後は自由に出入りできます」
悟空はしぶしぶ従い、金星とともに天宮へ歩み入った。
金色の光が万道に渦を巻く灵霄宝殿の壮麗さに、さすがの悟空も思わず目を奪われた。三十三の天宮、七十二の宝殿、玉柱に巻きついた赤鱗の龍、橋梁にとぐろを巻く彩羽の鳳——花果山の洞府とは比べるべくもない。
玉帝が玉のかんばせを垂れて問うた。「妖仙とはどの者か」
悟空は胸を張って答えた。「老孫がすなわちそれ」
周囲の仙卿たちが青くなった。あの乱暴な猿が拝礼もせずに「老孫」などと名乗るとは、死んでも足りぬ不敬だ。しかし玉帝は寛大に笑った。「下界の仙、礼儀を知らぬのは仕方あるまい。罪を問わぬ」
文選武選の仙卿に問うたところ、御馬監に正堂の空席があるという。「では弼馬温に除せよ」と玉帝が命じた。悟空は意味が分からないまま喜んで御馬監に赴任し、千頭の天馬の世話を引き受けた。昼は馬を駆り、夜は寝ずに飼い葉をやり、水を与え、天馬はみるみるうちに艶と張りを取り戻した。半月ほど経ったある日、同僚たちが歓迎の宴を開いた。
酒が回ったところで悟空が問うた。「して、この弼馬温というのは何品の官か」
「官品はございません」
「では最上位ということか」
同僚たちは顔を見合わせた。「いえ、その逆で——末等にも入らぬ最下位でございます。ただの馬番」
悟空の表情が凍りついた。やがてその顔が真っ赤になり、歯をぎりぎりと噛み締めた。「老孫を花果山の大王と呼ぶべき者が、馬の番人! こんな侮辱はない!」
公案を蹴倒し、耳から金箍棒を取り出してひと振りすると碗ほどの太さになった。棒を振るって御馬監を打ち出し、天将たちが止める間もなく南天門を突き破って雲の下へと飛び降りた。
筋斗雲に乗って一路花果山へ、水簾洞の前に降り立つと、四健将と七十二洞の妖王たちが訓練の真っ最中だった。「小の者ども、老孫が帰ったぞ」
一同が土下座して出迎え、酒宴が設けられた。「天上で十数年も過ごされたとは、さぞかし立派なお役目を」と皆が言うと、悟空は手を振った。「半月ほどじゃ。天上は下界の一日が一年に相当するらしい。して官職じゃが……恥ずかしくて言えぬ。馬番の弼馬温という最下位の役でな、腹が立って蹴り倒して帰ってきた」
皆がなだめ役になる間もなく、門前に二頭の独角鬼王が現れて「斉天大聖」の称号を勧めた。「大王ほどの神通を持たれる方が馬番とは笑止。天地と等しい斉天大聖と称されてはいかがでしょう」
悟空の目が光った。「そうじゃ、そうじゃ! よい名じゃ!」
すぐに旗竿を立て、「斉天大聖」の四文字を大書した旌旗を掲げた。花果山の天地に宣言する——孫悟空はここに天と等しい大聖じゃと。
翌日、玉帝の朝廷では騒ぎが起きていた。張天師が御馬監の官員とともに「弼馬温が職を捨てて逃げました」と奏上し、南天門の天丁たちも「弼馬温が門を打ち破って出て行きました」と報告した。
玉帝は少し腹を立てたが、托塔李天王と哪吒三太子が立候補した。「われら父子がこの妖猿を捕らえましょう」と言上し、勅命を受けて三軍を率いて花果山へと向かった。
先鋒の巨霊神が水簾洞の前に出て大声で呼ばわった。「弼馬温よ、玉帝の命によりここに降伏せよ。早々に出てきて縄を受けよ」
悟空は紫金冠を戴き、黄金甲を纏って出てきた。旌旗に「斉天大聖」の文字が翻っている。巨霊神と一合打つと、宣花斧の柄が折れた。「汝を生かしておくから戻って報告せよ。わしをこの旗の字号通りの官職に封じるなら兵も出さぬ。さもなくば霊霄宝殿まで打ち上げるぞ」
巨霊神は敗走して戻り、李天王が怒るのを哪吒が宥めて「子どもが行きましょう」と進み出た。
六臂三面に変化した哪吒が斬妖剣・砍妖刀・縛妖索・降妖杵・繡球・火輪の六種の神器を振るうと、悟空も三頭六臂に化して如意金箍棒三本で対抗した。天地を揺るがす大乱戦となり、花果山の猿も天廷の兵も手に汗を握って見守った。しかし三十合ほど打ち合ったところで、悟空は毛を一本抜いて分身に化けさせ、本体でハッと哪吒の左腕を打ちつけた。
哪吒は痛みに震えながら陣へ引き上げた。「父上、あの猿の神通は並ではない」と青ざめた顔で言うと、李天王も苦い顔をした。「旗には斉天大聖の四文字が見えた。その称号さえ与えれば兵を引くと言う。いったん天に戻り、援軍を乞おう」
太白金星がふたたび玉帝に進言した。「戦えば余計な手間がかかります。斉天大聖という空虚な称号を与えてやれば角が収まります。禄も職掌もなき空き名のままにしておけばよいのです」
玉帝は渋々肯いた。金星が再び花果山を訪れ、招安の詔を伝えると悟空は満面に笑みをたたえた。「前回の礼もあり、今また来てくれるとは嬉しい。して、斉天大聖の号はいただけるのか」
「それを奏上したゆえ参ったのです」
「ならば行こう!」
霊霄宝殿で悟空は玉帝の前に立った。玉帝は言った。「朕は汝に斉天大聖の号を与える。ただし——くれぐれも乱暴を働くな」
「謝恩」と声に出したきり、拝礼一つしない悟空であったが、玉帝は目を瞑った。
蟠桃園のそばに斉天大聖府が建てられ、安静司・寧神司の二司が設けられた。御酒二瓶・金花十輪が賜られ、悟空は天宮での暮らしを始めた。大聖と呼ばれ、府を構え、仙卿たちと交わり、千里の景色を眺めながら気ままに日を過ごす——これほど心晴れやかな日々が、やがてどこへ向かうのか。次回へ続く。