第一回 霊根は育まれ源流より出で——心性を修め大道を成す
天地開闢の理から始まり、花果山で生まれた石猿が美猴王となり、不老不死を求めて海を渡り、須菩提祖師に孫悟空の名を授けられるまでの物語。
詩にいう——
混沌いまだ分かれぬ昔、天地は乱れ、 茫々渺々として、見る人もなかった。 盤古が鴻蒙を破りて以来、 清濁の辨ようやく世に開けり。 万民を覆い載せる至仁の徳、 万物を発明し、すべてを善となす。 造化の元功を知らんと欲すれば、 まず『西遊釈厄伝』を読むべし。
そもそも天地の数というものは、一元が十二万九千六百歳とされている。一元を十二会に分かつ——すなわち子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二支である。各会はそれぞれ一万八百歳に当たる。
一日を例にとって考えてみよう。子の刻に陽気が生じ、丑になれば鶏が鳴く。寅はまだ光が通らず、卯になって日が昇る。辰の刻は食後の時、巳になれば諸事が動き出す。午の刻は天の中央に日が輝き、未には西へと傾く。申の刻は夕暮れ前、酉に日は落ち、戌に黄昏が訪れ、亥に万物は眠りに就く。これを大きな時の流れに当てはめれば——戌会の終わりに至ると、天地は昏く曚り、万物は閉じてしまう。さらに五千四百歳を経て亥会の初めに入ると、暗黒に包まれ、天地の間にいかなる人も物も存在しなくなる。これを「混沌」と呼ぶのである。
さらに五千四百歳が過ぎ、亥会が将に終わらんとする頃、貞の下より元が起こり、子会に近づくにつれ、次第に光明が戻ってくる。邵康節はこう詠んだ。「冬至は子の半ば、天心は移ろわず。一陽初めて動く処、万物いまだ生まれぬ時」と。
このとき、天は初めて根を持つ。さらに五千四百歳を経て正しく子会になると、軽く清らかなものが上へと昇り、日が生まれ、月が生まれ、星が生まれ、辰が生まれた。日・月・星・辰を「四象」という。
ゆえに「天は子に開く」と言われる。また五千四百歳が過ぎ、子会が終わりに近づき丑会へと向かう頃、天地はしだいに堅固になっていった。『易』には「大いなるかな、乾の元よ。至れるかな、坤の元よ。万物はここに資って生まれ、すなわち天に順い承ける」とある。
このとき、地は初めて凝り固まった。さらに五千四百歳を経て正しく丑会になると、重く濁ったものが下へと凝って、水が生まれ、火が生まれ、山が生まれ、石が生まれ、土が生まれた。水・火・山・石・土を「五形」という。
ゆえに「地は丑に開く」と言われる。また五千四百歳が過ぎ、丑会が終わって寅会の初めになると、万物が発生し始める。暦にいう「天気が下り、地気が上る。天地が交わり合えば、あらゆるものが生まれる」と。
このとき、天は澄み地は晴れわたり、陰と陽が互いに交わった。さらに五千四百歳を経て正しく寅会になると、人が生まれ、獣が生まれ、禽が生まれた。これぞ天・地・人の「三才」が定位した時である。ゆえに「人は寅に生まれる」と言う。
盤古の開闢、三皇の治世、五帝の倫理の確立を経て、世界は四大部洲に分かれた。東勝神洲、西牛賀洲、南贍部洲、北倶盧洲の四つである。この物語は、もっぱら東勝神洲を舞台とする。その海の外に一つの国土があり、「傲来国」と呼ばれていた。
国は大海に近く、海の中に名山があった。その名を花果山という。この山は十洲の祖脈、三島の来龍であり、清濁の分かれたその昔から屹立し、鴻蒙が開かれた後に成ったものだ。まことに素晴らしい山である。詞賦もそれを証する。
賦にいう——
勢は大洋を鎮め、威は瑶海を静める。その勢は大洋を圧し、潮は銀山のごとく涌き、魚は穴へと潜る。威は瑶海を定め、波は雪浪と翻り、蜃は淵より離れる。水と火の方角に高く積み上がり、東海の果てに峰々は天を衝く。丹崖には怪しき石、削壁には奇なる峰。丹崖の上では彩鳳が双に鳴き、削壁の前には麒麟が独り臥す。峰の頭では錦鶏の声が時に響き、石の窟では龍が出入りするさまを常に見る。林の中には仙の鹿と神狐が棲み、木の上には霊禽と玄鶴が遊ぶ。瑶草奇花は枯れることなく、青松翠柏は長春の色を保つ。仙桃は常に実を結び、修竹には雲がいつも留まる。一条の涓壑には藤蔓が密に茂り、四方の土手には青草の色が新しい。まさに百川が集う天を支える柱にして、万劫ゆるがぬ大地の根——。
その山のちょうど頂上に、一塊の仙石があった。高さ三丈六尺五寸、周囲は二丈四尺。三丈六尺五寸の高さは周天三百六十五度に当たり、二丈四尺の周囲は正暦の二十四節気に当たる。
上には九つの窪みと八つの孔があり、九宮八卦に当たる。四方に石の陰となる木は一本もなく、左右にはただ芝蘭が彩りを添えていた。
天地の開闢以来、この石は常に天の真気と地の秀気を受け、日の精と月の華を吸い続けた。長い年月の感化を経て、ついに霊通の意を持つに至った。内に仙胞を育み、ある日それが迸り裂け、石の卵が一つ、球のように丸く産まれ出た。風に触れると、それはたちまち一匹の石猿へと変化した。五官は揃い、四肢は完全であった。
石猿はすぐに這い回り、歩き回ることを覚え、四方に向かって拝礼した。両目より金色の光が二筋走り、斗府へと射し貫いた。その光は、高天の上聖大慈仁者にして玉皇大天尊玄穹高上帝と号せられる天帝を驚かせた。天帝は金閣の雲宮、霊霄宝殿の御座に就き、仙卿たちを集めていたが、金光が炎々と輝くのを見て、ただちに千里眼と順風耳に命じて南天門を開いて観察させた。
二将はかしこまって門の外に出、はっきりと見、はっきりと聞いた。しばらくして戻り報告した。「勅命を奉じて金光の出処を観察いたしました。東勝神洲の海の東、傲来の小国の境内に、花果山という山があり、その山上に仙石があり、石より卵が生まれ、風に触れて石猿に変じ、四方を拝み、目より金光を発して斗府へと射し貫いておりました。今や水と食物を食しており、金光はまもなく静まるものと思われます」。玉帝は慈悲の心より仰せになった。「下界の生き物、天地の精華より生まれたもの、異とするに足りぬ」と。
その猿は山の中で歩き回り跳び回り、草や木を食し、涧の泉を飲み、山の花を摘み、木の実を探し求めた。狼や虫を友とし、虎や豹を仲間とし、獐や鹿を友人とし、猕猿を身内とした。夜は石崖の下に宿り、朝は峰の洞窟の中を遊んだ。まことに「山の中には甲子なく、寒さ尽きても年を知らず」とはこのことである。
ある日、炎暑の候、石猿は群れの仲間たちと暑を避けて、松の木陰でひとしきり遊んでいた。見よ、仲間たちの様子を——
木によじ登り枝にぶら下がり、花を摘み果物を探す。鉄の玉を投げ合い、小さな丸いものを転がす。砂の窪みを走り回り、宝塔を積み上げる。蜻蛉を追い、蝶々を捕まえる。老いた天を仰ぎ、菩薩に向かって拝む。葛藤を引っ張り、草を編む。虱を捕まえ、噛んでは挟む。毛並みを整え、爪を剥く。肩を押し合い、体をこすり合わせ、押しては圧し、引いては引っ張り合う。青松の林のもと思うがまま遊び、緑の涧の辺で思う存分水浴びをする。
群れの猿たちがしばらく遊んだ後、山涧へと水浴びに出かけた。涧水が奔流しているのを見ると、まるで玉が転がり波が涌き上がるようであった。古いことわざにいう「禽には禽の言葉があり、獣には獣の言葉がある」と。
猿たちは口々に言い合った。「この流れはいったいどこから来ているのだろう。今日は暇なことだし、涧の辺に沿って上流へ源を辿りに行こうではないか」。一声叫ぶや、雌雄連れ立ち、兄弟呼び合って、一斉に走り出した。涧に沿って山を登り、ついに源流の処に至ると、そこには一筋の瀑布が飛び散っていた。見れば——
一条の白虹が立ち上り、 千尋の雪浪が飛び散る。 海風に吹かれても断えず、 江の月に照らされて揺れる。 冷たき気は青い峰々を分かち、 余の流れは翠微を潤す。 潺湲として名を瀑布といい、 まことに帷を垂らしたるがごとし。
群れの猿たちは手を叩いて称え合った。「なんと素晴らしい水よ、素晴らしい水よ。ここはもともと山の麓まで遠く通じ、大海の波と直接つながっているのだ」。さらに言い合った。「誰か腕に覚えのある者が、この中へ飛び込んで源を探し、無事戻ってこられたなら、我らはその者を王と仰ごうではないか」。三声呼び続けると、やにわに叢の中から一匹の石猿が飛び出し、高らかに叫んだ。「わしが行く、わしが行こう!」
なんと勇ましき猿よ、まさにそのとき——
今日こそ芳名を世に現し、 時来たりて大運が通ず。 縁ありてここに居を定め、 王の命を受けて仙宮へと入らん。
見よ、石猿は目を閉じて身を屈め、ひと跳びで瀑布の泉の中へと飛び込んだ。目を開けて頭を上げて見ると、そこには水も波もなく、明明朗朗とした橋梁が架かっていた。石猿は足を止め、心を落ち着けて、改めてよく見た。それは鉄の板でできた橋であった。橋の下の水は石の隙間を貫いて流れ、逆さまに懸かり落ちて橋の入口を覆い隠していたのだ。
石猿は身を起こして橋の袂まで進み、歩きながらつぶさに見渡した。まるで人の住まいのような処が現れた。まことに素晴らしい場所であった。見れば——
翠の苔が青々と積み重なり、白雲は玉を浮かべ、光は幾片もの煙霞の中に揺れている。窓は静かに開き、部屋は静寂に包まれ、滑らかな台には花の模様が浮かぶ。乳の窟には龍珠が垂れ下がり、奇花が地に満ちて巡る。岩の傍らに竃があり、煮炊きの跡が残り、机の脇には器が置かれ、食の痕が見える。石の座と石の床は実に愛らしく、石の盆と石の碗は誉め称えるにあまりある。また一竿二竿の修竹が見え、三点五点の梅の花。幾本かの青松は常に雨を帯び、まるで人の家のごとき趣がある。
しばらく眺めてから橋の中ほどへと跳び渡り、左右を見回した。ちょうど真ん中に石碑が一つあり、碑上には一行の楷書で大きな文字が刻まれていた。「花果山福地、水簾洞洞天」と。
石猿は喜びを抑えきれず、急いで身を翻して外へと走り出た。再び目を閉じて身を屈め、水の外へと飛び出すと、二声の笑い声をあげた。「なんという幸運よ、なんという幸運よ!」群れの仲間たちが石猿を取り囲んで問うた。「中はどんな様子だった?水の深さはどれほど?」石猿は言った。「水なんてない!水なんてない!鉄の板で作られた橋があって、橋の向こうには天然の住まいがある」。仲間たちが問うた。「どうして住まいだとわかる?」石猿は笑って答えた。「その流れは橋の下を貫いて逆さまに落ち、入口を覆い隠しているだけだ。橋の辺には花もあり木もあり、石造りの家がある。家の中には石の窩、石の竃、石の碗、石の盆、石の寝台、石の腰掛けがある。中央の石碑には『花果山福地、水簾洞洞天』と刻まれている。まさに我らの住みかにぴったりの処だ。中は実に広々として、何百何千の老いも若きも住むことができる。みんなで入って住もうではないか。そうすれば老天道のお叱りを受けることもなくなる。あの中はこうだ——」
風が吹けば身を隠す処あり、 雨が降れば身を置く処あり。 霜や雪をまったく恐れず、 雷の声も永遠に聞こえぬ。 煙霞は常に照り輝き、 めでたき瑞気がいつも立ちのぼる。 松と竹は年々に秀でたり、 奇花は日々に新たなり。
仲間たちは聞いて皆喜んだ。口々に言った。「お前が先に行って、我らを連れていってくれ、連れていってくれ」。石猿はまた目を閉じて身を屈め、中へと飛び込み、叫んだ。「みんな、わしについてこい!ついてこい!」
胆の大きい猿たちはどんどん飛び込んでいった。胆の小い猿たちは、頭を出しては引っ込め、耳を掻き頬を引っ掻き、大声で叫んでいたが、しばらく迷った末に皆飛び込んだ。橋を渡ってからは、盆を奪い合い碗を争い、竃を占領し寝台を争って、あちこちへ運んでは移し移しては移した。まさに猿の性質の悪戯好き、一刻も静まる時がなく、力尽き神が疲れてようやく止んだ。石猿は上座に端坐して言った。「皆の衆よ、『人にして信なければ、その可なるを知らず』というではないか。お前たちはさきほど、中に入れて出てこられて、体を傷つけなかった者を王と仰ぐと言った。わしは今、入っては出て、出ては入り、こうして洞天を見つけて皆が安眠できる住まいを設けた。各自が家を成す幸せを享受できるではないか。どうしてわしを王と仰がないのか?」仲間たちはこれを聞いて、一人ひとり手を拱いて従い、列を作り、上座に向かって礼拝し、皆が「千歳大王!」と称えた。
かくして石猿は王位に高く即き、「石」の字を隠して、「美猴王」と称するようになった。詩がその証をなす。
三陽が交わり泰となりて、群生を産む。 仙石の胞に日月の精を孕む。 卵を借りて猿と化し、大道を完成させ、 他の名と姓を仮りて、丹の成就に配す。 内を観れば相なきゆえ識らず、 外に合わせれば明知して有形となる。 歴代の人人は皆これに属し、 王と称し聖と称して任意に横行する。
美猴王は一群の猿猴・猕猴・馬猴などを率い、君臣佐使に役割を分け与えた。昼は花果山を遊び、夜は水簾洞に宿り、心を合わせ情を通わせ、飛ぶ鳥の群れには入らず、走る獣の類とも従わず、独りで王として君臨し、楽しみは尽きることなかった。それゆえに——
春は百花を摘んで飲食とし、 夏は諸果を求めて生計を立てる。 秋には芋と栗を収めて季節を延ばし、 冬は黄精を探して年を渡る。
美猴王は天真に楽しみながら、三百五百年かの歳月を送った。ある日、群れの猿たちと宴席を囲んで喜び合っている最中に、石猿は突然憂いに囚われ、涙をこぼした。仲間たちは慌てて跪いて言った。「大王は何事を煩い悲しんでおられるのですか?」猴王は言った。「わしは今たしかに喜んでいる。だが、一つの遠き憂いが心にあるゆえ、煩わしいのだ」。
仲間たちは笑って言った。「大王は何と知足を知らぬお方。我らは日々宴を開き、仙山の福地、古洞の神洲に住まい、麒麟の支配も受けず、鳳凰の管轄も受けず、また人間の王の権力にも縛られず、自由自在に暮らしている。量り知れない幸福ではありませんか。どうして遠くを憂いて悲しまれるのですか?」
猴王は言った。「今は確かに人間の法律にも従わず、禽獣の威に怯えることもない。しかしいつか年老いて血が衰え、暗に閻魔大王というものが待ち構えていて、あるとき突然命が尽きたなら、この世に生まれた甲斐もなく、天人の世界に長く在ることもできないではないか」。
仲間たちはこれを聞いて、一人ひとり顔を覆って泣き、皆が無常を憂えた。
すると仲間の中から一匹の通背猿猴が飛び出して、声高らかに叫んだ。「大王がそのように先を見通してお考えになるとは、まさに道心が開かれたというものです。この世の五虫の中に、ただ三種の者だけが閻魔大王に管轄されることがありません」。猴王は言った。「その三種の者とは何か?」猿猴は答えた。「仏と仙と神聖の三者にございます。輪廻を躱れ、生まれることも滅することもなく、天地山川と寿命を同じくするものです」。
猴王は言った。「その三者はどこに住んでいるのか?」猿猴は言った。「彼らは閻浮世界の中、古洞仙山の内にのみ住まいます」。猴王はこれを聞いて、満心に喜んで言った。「わしは明日、お前たちに別れを告げて山を下り、海角を雲遊し、天涯を遠く渡って、必ずやその三者を訪ね、老いぬ長生きの術を一つ学んで、閻魔の難を常に逃れられるようにしよう」。
ああ、この一言こそが、輪廻の網より飛び出す契機となり、やがて斉天大聖を成さしめることになったのだ。
仲間たちは手を叩いて称え合い、皆が言った。「よきかな、よきかな!我らは明日山を越え嶺を登り、果物を広く探し集め、大王のために盛大な宴を開いてお送りしよう」。翌日、仲間たちは果たして仙桃を摘み、異果を採り、山芋を掘り、黄精を切り出した。芝蘭・香蕙・瑶草・奇花、何もかも整然と、石の腰掛けと石の机に並べられ、仙の酒と仙の肴が列を成した。
そこにあるものを見れば——
金丸珠弾、紅裂け黄色く熟れる。金丸珠弾の蝋桜桃は色も真に甘美なり。紅裂け黄色く熟れた梅の実は味まことに香酸し。鮮やかな龍眼は肉甘く皮薄く。火のごとき荔枝は核小さく囊は紅。林檎の碧き実は枝ごと献じられ、枇杷の黄色い蕾は葉をつけたまま持ち上げられる。兎の頭のような梨に鶏の心のような棗は、渇きを癒し煩いを解き、また酔いをも醒ます。香桃の爛熟した杏は、甘やかなること玉液瓊浆のごとく。脆い李と楊梅の酸さは、滑らかなること脂や酥膏のごとし。紅い皮に黒い種の熟れた西瓜。四つ割れの黄色い皮の大柿子。石榴が裂け開けば、丹砂の粒が火晶珠のように現れる。芋と栗を割り開けば、堅くて丸い肉は金の瑪瑙のよう。胡桃と銀杏はお茶と合わせてよく、椰子とぶどうは酒をも作ることができる。榛・松・榧・柰が盤に盛り上がり、橘・蔗・柑・橙が机の上に満ちる。ほくほくと焼いた山芋、やわらかく煮た黄精。茯苓と薏苡を砕いて合わせ、石の鍋で弱火にかけてゆっくりと粥を炊く。人間にどれほど珍しい馳走があろうとも、山の猿の楽しさにどうして及ぼうか。
群れの猿たちは美猴王を上座に尊び、それぞれ年齢と立場に従って下座に並び、一人ひとり順に進み出て酒を捧げ、花を捧げ、果物を捧げ、一日中痛飲した。
翌朝、美猴王は早く起きて命じた。「者どもよ、枯れた松の枝を折り集めて筏を編み、竹竿を一本棹にして、果物などを準備せよ。わしはこれから旅立つ」。独りで筏に乗り、力の限り棹を差して、ふわりふわりと漂いながら、大海の波の中へと分け入り、天の風に乗って南贍部洲の方向へと向かった。
この旅立ちこそ、まことに——
天に生まれた仙猿、道行の隆盛なり、 山を離れ筏に乗り、天の風に乗ずる。 海を渡り仙の道を求めんと漕ぎ出し、 志を立て心を潜め、大功を建てんとす。 分あり縁ありて俗の願いを捨て、 憂いなく慮りなく、元龍に会わん。 きっと音を知る者と出会うであろう、 源流を説き破れば万法が通ずる。
運が至り時が来るとはこのことで、木の筏に乗ってからというもの、連日東南の風が強く吹き、石猿を西北の岸前へと送り届けた。それが南贍部洲の地界であった。棹で水深を測りながら、浅瀬を見つけて筏を捨て、岸へと跳び上がった。見れば海辺には魚を捕る者、雁を打つ者、蛤を掘る者、塩を作る者がいた。
石猿は近づいて一芝居打ち、虎の真似をして人々を驚かせ、籠を投げ捨て網を放り出して四方へ散り散りに逃げさせた。逃げ遅れた者を一人捕まえ、着物を剥いで身に着け、人間に化けた。ゆらゆらと歩きながら、州から府へ、市場の中で人間の礼儀を学び、人間の言葉を学んだ。
朝に食事し夜に宿を取りながら、一心に仏・仙・神聖の道を訪ね、不老長生の方を探した。しかし世の人々を見れば、みな名利のために生きる者ばかりで、自分の命のために心を砕く者は一人もいなかった。まことに——
名を争い利を奪うこと、いつ休まんや? 早く起き遅く眠り、自由もなし。 驢馬や騾に乗りながら駿馬を夢見て、 宰相の位に居ながら王侯を望む。 ただ衣食の苦労を憂えるばかりで、 閻魔に命を取られることを何ぞ恐れん。 子に後を継がせ孫を陰護して富貴を図り、 一人として振り返ろうとする者もない。
猴王は仙道を参じ訪ねたが、縁がなくて出会えなかった。南贍部洲を渡り歩いて長城を巡り、小さな県をも回ること、気がつけば八九年が過ぎていた。ついに西洋の大海の辺まで行き着いたとき、石猿は思った。海の外にきっと神仙がいるに違いないと。
独りで前と同じように筏を作り、また西の海を渡り、西牛賀洲の地界に至った。岸に上がってあちこちを訪ね歩いているうち、ふと目に入ったのは秀麗な高山で、林と麓は深く幽かであった。石猿は狼や虫も恐れず、虎や豹も怖れず、山の頂上に登って眺め渡した。
まことに良い山であった——
千の峰は戟のごとく並び、万仞の絶壁は屏風のように開く。日は嵐の光を映して翠色を軽く閉じ込め、雨は止んで黛色が冷たく青みを含む。細い藤蔓は老木に絡まり、古い渡し場は幽かな道を境している。奇花と瑞草、修竹と喬松。修竹と喬松は万代にわたり常に青く福地を凌ぎ、奇花と瑞草は四季を通じて枯れず蓬瀛に勝る。幽かな鳥の啼き声は近く聞こえ、泉の音は清らかにさらさらと流れる。幾重にも重なる谷には芝蘭が巡り、いたる処の断崖には苔と癬が生えている。起伏する峦の頭には龍脈が良く通り、必ずや名を隠した高人が潜んでいるに違いない。
眺めていると、ふと林の深い処から人の声が聞こえてきた。急いで足を早めて林の中に分け入り、耳を澄ませると、歌を唄う声であった。歌にいう——
「碁を見ているうちに柯は朽ち、木を伐れば丁丁と音がする。雲の辺の谷の口をゆるゆると歩む。薪を売り酒を買い、大いに笑いながら自らを楽しませる。蒼い径に秋が深まり、月に対して松の根を枕に、一眠りすれば夜明けとなる。古なじみの林を見つけ、崖を登り嶺を越えて、斧を持って枯れた藤を断ち切る。集め終えて一担になれば、歌いながら市場へ行き、米三升に換える。少しも争い事はなく、値段は平らかで公平だ。机謀や巧算は知らず、栄辱もなく、恬淡として命を延ばす。出会う処は、仙にあらずんば道、静かに座って黄庭を講ずる」と。
美猴王はこの言葉を聞いて、満心に喜んで言った。「神仙とはもとよりこのような処に隠れているものか!」直ちに飛び込んで、仔細に見ると、そこには一人の樵が斧を振るって薪を割っていた。その身なりを見れば、実に普通ではなかった——
頭には筍の皮で編んだ笠をかぶり、身には木綿糸で織った布衣をまとい、腰には老蚕の糸で作った帯を締め、足には枯れ草で編んだ草履を履いていた。手には純鋼の斧を持ち、火麻で作った縄で担いでいる。松によじ登り枯れ木を割る、この樵の腕はなかなかのものであった。
猴王は前に進んで声をかけた。「老神仙よ、弟子がご挨拶申し上げます」。その樵の男は慌てて斧を投げ出し、振り返って挨拶を返して言った。「とんでもない、とんでもない。わしは粗野な人間で、衣食も満足にないのに、どうして神仙の二字をいただくことができましょうか」。猴王は言った。「あなたは神仙でもないのに、どうして神仙の話をなさったのですか?」樵夫は言った。「わしがどんな神仙の話をしたというのか?」猴王は言った。「今しがた林の辺まで来たとき、あなたが『出会う処は、仙にあらずんば道、静かに座って黄庭を講ずる』と仰っているのを聞きました。黄庭は道徳の真言、神仙でなくて何でしょう?」
樵夫は笑って言った。「正直に申しましょう。その言葉は『満庭芳』という詞で、ある神仙に教えてもらったものです。その神仙は我が家の隣に住んでいて、わしの日々の苦労と悩みを気の毒に思い、煩わしい時には、この詞を唱えれば心も散じ、困惑も解けると教えてくれたのです。たった今、少し足りないことを思い悩んでいたので唱えていたところ、あなたに聞かれてしまいました」。
猴王は言った。「お家が神仙と隣り合っているならば、なぜその方について修行しないのですか。老いない術を学べば、それはどれほど良いことでしょう」。樵夫は言った。「わしは生来薄命なのです。幼い頃より父母に育てられ、八九歳になってやっと人の道がわかったころ、不幸にも父が逝き、母は孀となりました。兄弟姉妹もなく、わし一人で朝晩お仕えしなければなりません。今や母は老い、ますます離れることができません。また田畑も荒れ、衣食も足りないため、薪を二束三束割り、市場へ持って行って売り、わずかな銭を稼ぎ、米を少し買い、自炊して食事を整え、老母を養っております。ゆえに修行することがかないません」。
猴王は言った。「それを聞けば、あなたは孝行な君子で、やがて良い報いがあることでしょう。どうかその神仙の住まいを教えていただけませんか。訪ねて参りたいと思います」。樵夫は言った。「遠くはありませんよ。遠くはない。この山は霊台方寸山といい、山の中に斜月三星洞という洞があります。その洞の中に神仙がおられ、須菩提祖師と申します。その祖師のもとを巣立った弟子の数は数え切れないほどで、今も三四十人が修行しております。あの小道を南に七八里ほど行けば、すぐにそのお方の住まいに着きます」。
猴王は手で樵夫を引き止めて言った。「兄上、一緒に行ってくださいませんか。もしご恩恵を受けることができたなら、あなたのご指示の恩は決して忘れません」。樵夫は言った。「あなたはまったく融通が利かない方ですね。先ほどこれだけ話してもまだおわかりにならないのですか?もしわしがあなたと一緒に行けば、商売を棒に振ることになりませんか。老母を誰が養うのですか。わしは薪を割りに行かなければなりません。あなたはご自分でお行きなさい」。
猴王はこれを聞いて、やむなく挨拶をして別れを告げた。深い林を出て道に上がり、山の坂を一つ越えると、七八里ほどで果たして一つの洞府が望まれた。身を挺して眺めると、まことに素晴らしい処であった。見れば——
煙霞は彩を散らし、日月は光を揺らす。千株の老いた柏木、万節の修竹。千株の老柏は雨を帯びて空の半ばに青々と茂り、万節の修竹は煙を含んで谷一面に蒼々たる色をなす。門の外には奇花が錦のように広がり、橋の辺には瑶草が香りを放つ。石崖は突き出て青い苔に潤い、懸崖の高処には翠の癬が長く張り付いている。時には仙鶴の鳴き声が聞こえ、いつも鳳凰が舞うのが見える。仙鶴が鳴けば声は九皋より霄漢の彼方まで震わせ、鳳凰が舞い上がれば羽の五色が彩雲に輝く。玄猿と白鹿が隠れ見えし、金獅と玉象が自由に行き来する。つくづく見れば霊なる福地、まことに天堂に勝るとも劣らない。
また見れば洞の門は固く閉じられ、静かに人の気配もない。ふと振り返ると、崖の頭に石碑が一つ立っており、高さは三丈余り、幅は八尺余り、上には一行十字の大文字が刻まれていた。「霊台方寸山、斜月三星洞」と。
美猴王は大いに喜んで言った。「この地の人々はまことに朴直で、果たしてこの山も洞もあった」。しばらくの間眺め続けたが、門を叩く勇気が出なかった。やむなく松の枝の梢に跳び上がり、松の実を摘んで食べながら遊んでいた。
やがて、やあっという音とともに洞の門が開き、中から一人の仙童が歩み出てきた。まことに風姿は英俊で、容貌は清らかで奇あり、ありふれた世俗の人とは明らかに異なっていた。その者を見れば——
髷は二筋の絹糸で束ねられ、広い衣の両袖から風が渡る。見た目も身も世とは別れ、心と相はともに空に归す。物の外に長年居る客人にして、山の中に永く生きる少年。一塵もまったく染まらず、甲子の年月も心に任せて廻る。
その仙童は門を出ると、声高らかに呼ばわった。「何者がここで騒いでいるのか?」猴王はぱっと木から飛び降り、前に進み出て腰を曲げて言った。「仙童よ、わしは道を訪ね仙を学ぶ弟子にございます。ここで騒いでいるつもりは毛頭ありません」。仙童は笑って言った。「あなたは道を訪ねている者ですか?」猴王は言った。「さようです」。童子は言った。「我が師は今しがた床より起き、壇に上がって道を説かれようとなさっていましたが、まだ始まらぬうちに、わたしを外へ出すよう仰せになりました。『外に修行している者が来たから、出迎えてまいれ』と。きっとあなたのことでしょう?」猴王は笑って言った。「そうです、わしです!」童子は言った。「ついてまいりなさい」。
猴王は衣を整えて身を正し、童子に随って洞の奥深くへと入っていった。一層一層と深い楼閣、一進一進と珠の宮、貝の殿、静かな部屋と幽かな住まいの数々は、語り尽くすことができない。やがて瑶台の下に至ると、菩提祖師が台の上に端坐しており、両脇には三十人の小仙が台の下に侍立していた。
まことに——
大覚の金仙は垢なき姿にして、西方の妙なる相の祖菩提。不生不滅の三三の行、全気全神の万万の慈しみ。空寂にして自然に変化に随い、真如の本性は任意にこれを為す。天と寿命を同じくする荘厳なる体、劫を歴て心を明かす大法師。
美猴王は一目見るなりその場に平伏し、幾度となく頭を地に打ちつけ、口には只管「師父、師父、弟子は志心を以てご拝礼申し上げます、志心を以てご拝礼申し上げます」と繰り返した。祖師は言われた。「汝はどこの出身の者か。まず郷里と姓名を申せ、それから拝礼するがよい」。猴王は言った。「弟子は東勝神洲の傲来国、花果山水簾洞の出身にございます」。
祖師はにわかに声を上げて命じた。「すぐに追い出せ!この者は嘘をついてごまかそうとしている。どうして道を修めることができようか!」猴王は慌てて幾度も頭を地に打ちながら言った。「弟子は正直に申しております。決して偽りを申してはおりません」。祖師は言われた。「正直と言うなら、東勝神洲などと言うのは何故か。あそこからここまでは二つの大海と南贍部洲を隔てており、どうしてここまで来ることができる?」猴王は頭を叩いて言った。「弟子は海を渡り世界を旅して、十数年の年月をかけてここまで辿り着きました」。
祖師は言われた。「歩いてだんだんとやって来たというなら、そうであろう。汝の姓は何という?」猴王はまた言った。「わしには性がございません。人にどう罵られても怒りませんし、打たれても怒りません。礼をして謝れば、それで済みます。一生無性なのです」。祖師は言われた。「その性ではない。汝の父母はもともと何という姓だったか?」猴王は言った。「わしには父も母もいません」。祖師は言われた。「父母もないとすれば、木から生まれたというのか?」猴王は言った。「木から生まれたわけではありませんが、石から生まれました。花果山に仙石があり、ある年、石が割れてわしが生まれたのです」。
祖師はこれを聞いて内心喜び、言われた。「なるほど、天地が生み出した者というわけか。立って少し歩いてみなさい」。猴王は勢いよく飛び跳ねて立ち上がり、ひょこひょこと二回りほど歩いた。
祖師は笑って言われた。「汝の体格はいかにも貧相だが、松の実を食う猢狲のようだ。汝の体に因んで姓を付けよう。『猢』という字にしようと思う。猢の字から獣偏を取れば、古と月になる。古というのは老いたること、月というのは陰である。老陰は育て生かすことができない。では『狲』にするのはどうか。狲の字から獣偏を取れば、子と系になる。子とは男の子のこと、系とは幼く細いこと、まさに赤子の本来の意味に合う。汝は『孫』という姓にしなさい」。
猴王はこれを聞いて満心に喜んで、上を向いて頭を叩きながら言った。「よい!よい!よい!今日初めて姓というものを知りました。何卒師父の慈悲をもって、姓をいただいたからには、さらに名前も授けていただきますよう、呼ばれるようになりたいと思います」。祖師は言われた。「わしの門には十二の字があり、順を追って名を与えておる。汝に至って、ちょうど第十代目の弟子となる」。猴王は言った。「その十二の字とは?」祖師は言われた。「広・大・智・慧・真・如・性・海・穎・悟・円・覚の十二字である。順番が汝に当たれば、ちょうど『悟』の字になる。汝に法名を授けよう、『孫悟空』と申す、いかがか?」猴王は笑って言った。「よい!よい!よい!これより孫悟空と名乗ります!」
まことに——
鴻蒙初めて開かれし時、もとより姓はなく、 頑なる空を打ち破るには、悟空となるほかにない。
その後いかなる道を修め、いかなる果を成すかは、次回の語りにて明かされるであろう。